流儀解説

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浅山一伝流について

◎流儀の概要

 流祖は淺山一伝齋重晨(生没不詳。天正・慶長年間の頃の人)上州碓氷の人と言われる。幕藩時代中期の老中松平将監(館林藩主)の家老であった
森戸三太夫朝恒によって大いに興隆、その養子森戸三休偶太に至り門弟七千名を数え、全国に弘流した。
 その後明治維新とともに衰退し、多くの藩で絶伝したが、明治時代に制定された警視流の剣術・居合に一本づつ採用された名流である。現代にわずかに
残ったものは、十四代森戸三太夫金制の門人小林藤十郎によって佐倉藩に伝えられ、その後水戸藩士武石兼相により現代に伝えられたもので、往昔にあった
忍・捕手・毒飼を除き、剣・居合・鎌・棒・体術ほかが伝承されている。また武石兼相は無比流の伝承者でもあり、無比流居合術も当流に併伝、稽古体系に
組み入れられている。

◎流儀の特徴

①剣・居合・鎌・棒・体術ほかを伝える総合武術であり、木刀型五十三本、居合二十六本、小太刀および無刀約五十本、鎌十八本、無比流居合術三十本ほか 二百数十本におよぶ形が伝承されている。②足捌きが全て撞木足で重心が低く、右転左変して正対しない。③組太刀においては太刀で太刀を叩く技が多く、古い甲冑武術の名残がある。④居合は全て組居合で一人居合がなく、二刀居合が多い。また刃を下にしての抜付けが多く、血振るいがない。⑤礼法においては、神前、刀礼等がなく、落命するかも知れぬその場への礼のみとされる。

◎流祖よりの伝系

日下開山日本傳兵法淺山一傳流淺山一伝齋重晨ー小島仁左衛門光友ー中村九兵衛尉光利ー中井茂右衛門尉重頼ー小野里新兵衛尉勝之ー中田七左衛門尉政経ー淺山一伝齋重行ー森戸三太夫朝恒ー森戸三休偶太ー森戸一伝齊金春ー森戸三太夫春邑ー森戸三太夫金鋼ー森戸三太夫金鏗ー森戸三太夫金制ー梅田七郎次忠奇ー梅田右平治忠謙ー小林藤十郎ー石川左内ー遠山龍五郎ー石川喜六ー山崎房吉ー武石兼相ー松本貢ー大崎清ー関展秀